フランツ・リスト作品
リストの多くの伝記や記録をみると、超絶的な技巧を持つ当時最高のピアニストで「ピアノの魔術師」と呼ばれた。演奏技術と初見に関しては、どんな曲でも初見で弾きこなしたと言われ、その即興的な演奏は多くの人々を魅了したといわれている。
さて、ここでご紹介するリストの「超絶技巧練習曲」は、華々しい「ピアノの魔術師」と呼ばれた彼の姿と一線を期すものとなるだろう。こんにち「超絶技巧練習曲」と呼ばれているこの曲集は1851年に出版された最終稿である。
この「超絶技巧練習曲」の生まれた経緯を調べていくと、非常に興味のある幾つかの事にたどり着くことができる。そして、そこからリストの作曲家として、あるいはピアニストとしての意外な面が浮かび上がるのである。
リストは1826年にマルセーユで「ピアノのための12の練習曲」を出版している。これは14・5歳の少年リストが自分で作曲し演奏していたものである。その後、1838年にこの作品を改編して出版し、さらに1851年に改編して今日の「超絶技巧練習曲」として出版している。そして驚くべきは、1826>1838>1851年と改編をを行ってきたにもかかわらず、そのほとんどの主題や楽想は、リストが少年時代に作曲したそのものであるという点である。改編ごとに推敲され、曲の内容や形が整えられ充実されていくさまはリストの自作にたいする執念というか拘りというか、華やかな彼とは別の面を見せ付けられるようである。
モーツァルトやショパンが作品ごとに完結していったのと違った、リストの息の長い創作方法が理解されよう。こうした彼の改訂・改作の特徴から、リストの作品は最終的な完成に至らずに、創作過程のある一段階のものといえるだろう。つまり彼の作品はWork In Progress であるといえる。
特徴的な例として、「超絶技巧練習曲」の中のマゼッパをみてみると、上記のとおり3つの発展過程を知られるが、1840年にも改訂し、1851年にはラフとともに管弦化、また改訂稿は1854年とオーケストラ曲にまで変貌をしている。しばしば改作の際に楽器の変更も見受けられるのもリストの特徴だろう。
さて、「超絶技巧練習曲」に話を戻すと、どの曲も名前のとおり演奏困難なものばかりであるが、そのなかでも全曲に渡ってポジション移動と、飛躍を上げておきたい。例として次の2つをあげとく。この楽譜は、1826版の第6曲であるが、この楽譜の最初の左手の低音(ラ)から中央(ミ)への飛躍、また中央のP の辺りの左手の中央の(レ)から2オクターブ下の(レ)まで飛躍している。しかもP の指示もあるので演奏には困難を極める。
次の楽譜は、1851年版の第11曲「夕べの調べ」の一部である。一見左右の手で互い違いに弾いていけば良いように見えるが、実はこうした所が「超絶技巧練習曲」の難所の一つなのである。手が大きくて12度が楽に届くような人ならこのような和音も一掴みに出来るだろうが、一般的に手が届くのは10度がそこそこであろうから、両手ともアルペジオで演奏をするしかない。アルペジオで弾くとなると、その音程の広さが=演奏の難度となることは容易に理解できるだろう。
リストの実際の演奏を聞いた人々は、その飛躍の素早さと正確さに驚嘆したというから、彼の作品のいたる所に、そうしたリストにとっては当たり前のような技巧が後世のピアニストにとって非常な困難さを伴って、もじどおり超絶技巧練習曲となっているのである。
ワーク・イン・プログレスとは?
創作の過程を公開すること、という意味。創作途中のものを試験的に発表し、観客の意見を取り入れながら作品を練り上げていく手法のこと。